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東浩紀(哲学者・評論家)×下條信輔(カリフォルニア工科大学教授)
将来は人間の潜在認知さえもコントロール可能になる(第1回)

東浩紀(哲学者・評論家)×下條信輔(カリフォルニア工科大学教授)将来は人間の潜在認知さえもコントロール可能になる

■■■ 第1回 ■■■

 現代の科学技術は未来ではどう進化して、どのように社会に反映されるのだろうか。『ギートステイト』は、最先端の研究者に世界観担当の東浩紀がインタビューし、それをもとに桜坂洋が物語を作るという、フィクションとノンフィクションをクロスオーバーさせながら物語を進化させるプロジェクトだ。
 インタビュー第1弾はカリフォルニア工科大学教授でERATO「下條潜在脳機能プロジェクト」研究総括も兼任する下條信輔氏にご登場いただき、ヒトの脳研究の最先端を伺った。脳科学の最先端には「ニューラル・マーケティング」という分野があり、それは経済学と脳科学を融合させることで人間の無意識をコントロールしマーケティングに利用しようというものだ。人間の自由意志というものが、コントロール可能となってしまったらどのような社会が到来するのだろうか。

取材・文/島田健弘

■ニューラル・マーケティングで消費行動の脳メカニズムを解明する

東浩紀(以下・東):『ギートステイト』は2045年の未来を描く作品ですが、その未来を考えるには現在の文化、科学、風俗……いろいろなモノや現象を把握しなければなりません。そこで現在の科学の分野でもっともホットな話題のひとつである「脳」について、教えていただこうと下條さんにご登場をお願いしました。

下條信輔(以下・下條):ぼくもその企画は面白いなと思います。でも、その前に逆に質問です。東さんは2045年という世界がどういう社会になっていると思っていますか?

東:基本的には、普通にグローバル化と情報化が進み、国境が意識されなくなり、国家の存在がますます軽くなっている世界を想定しています。もし『ギートステイト』にオリジナルなところがあるとすれば、セキュリティとバリアフリーがすべての街を覆っていて、風景は基本的には画一化しているような未来を想定しているところでしょうか。言いかえれば、ショッピングモールに覆われた世界です。それは文化的に貧しいといえば貧しいけれど、裏返せば、老人でも、乳幼児でも、障害者でも、外国人でも、さまざまなタイプの人間が参加できる社会でもある。

 つまり、多様性を拡大するかわりに工学的な画一性を甘受した社会。街の風景に限らず、それが『ギートステイト』の原理です。現実の未来がそうなるかどうかわかりませんが、2007年の現在を照らし出す一種の思考実験として、そういう未来を想定してみました。

 もう少し具体的に言いますと、『ギートステイト』の世界は大きく分けてふたつの着想で成立しています。ひとつは「ゲームプレイ・ワーキング」。言ってしまえば人間グリッド・コンピューティング(※1)ですね。街の中でケータイ電話で暇つぶしをしていると、オンライン上でなにかの生産に寄与しているというシステムがグローバルに整備されている、という設定です。

下條:なにかの会員になるとポイントがついたりするということでしょうか。

東:むしろケータイゲームとSETI@homeが合わさったようなものです。ゲームプレイ・ワーキングサーバーに登録しておくと、暇なときにむこうからミニゲームを送ってきて、その結果がなにかの仕事になっているので小金が手に入る、という新種の労働です。それがグローバルで整備されているため、いまニートとか、ひきこもり、オタクと言われるような人たちでも年収200万円くらいで気楽に暮らせるようになっているわけです。

 もうひとつは、国家による管理が解体されて、個人情報の集積が市場を通して直接に社会を動かすようになっているという設定です。抽象的な言い方ですが、ユビキタス・コンピューティングが社会の隅々にまで張り巡らされて、個人の認証があらゆる場面で行われ、その結果、いま行政が行っていることがほとんど民間企業に担われるようになった世界を考えてくれればいいと思います。それと並行して、日本では道州制が施行されたので、ますます中央政府は弱くなっています。

 これは一種の監視社会化でもあるのですが、ビッグ・ブラザー(※2)ではない。自己情報コントロール権はきちんと確立しているから、自分の個人情報をどこにも登録しないという選択も可能になっている。クレジットカードも持たない、ケータイも持たない、電子マネーも持たない、ネットのユーザー登録も行わない……といった選択はいちおうはできる。

 ただ、普通はそれは非現実的なので、だれもそんな面倒なことはしない。また、センシティブな個人情報をあえて公開して、「検索権」を販売して収入にするというビジネスも一般化している。結果として、ビッグブラザーはいないけれども、ジョージ・オーウェルが考えたよりもはるかに徹底して個人情報が集められ、商品化されている世界を想定しています。


下條:それはアメリカに住んでいると、生活実感としてすでにあります。クレジットカードは会員になるたびにいいことがあるから、カード会社に登録しては廃棄してということを繰り返して、何枚も使いまわしている人もいますよ。そうすれば、マイレージがたまったりするから。でも、それはそのたびに個人情報を公開し切り売りしているということなんですけどね。だからいま東さんが言われたことは2045年まで待たなくてもいいんじゃないかと思います。

東:おっしゃるとおりです。日本人は自分たちが最先端のハイテク国家に住んでいると思いがちですが、「監視社会」化についてはイギリスやアメリカのほうが10年は先に行っている。監視カメラが騒がれたのもイギリスでは'80〜'90年代のことですし。イギリスやアメリカでいま起きていることを、『ギートステイト』で未来の話として導入するというのは、自覚してやっています。だからアメリカ住まいの下條さんに、それって2020年くらいの話じゃないのと言われれば、そうかもしれません。

 それで本題なのですが、逆にいえば、現在の脳研究がアメリカでどこまで進んでいるかを伺えれば、それを作品に反映できるのではないかと思って、今日は質問に来たわけです。

下條:なるほど。いまの脳研究がどうなっているかは知っているつもりですけど、それが2045年にどうなっているかというところまでは未知数ですから、少し気が楽になりました(笑)。

 その脳研究の中でもいま一番ホットな分野がニューラル・マーケティングというものです。日本ではニューロ・マーケティングとも言ってますね。この名前が一般化したのはほんの4〜5年前です。それなのにぼくの所属するカリフォルニア工科大学(カルテック)ではすでに3人くらいが研究してますし、ぼくらの大学院を志望する大学院生のうち、8割がニューラル・マーケティングをやりたいと言ってきています。数年前は8割くらいがブレイン・マシン・インターフェース(脳と機械を結ぶインタフェース)をやりたいと言っていたんですけどね。ニューラル・マーケティングのねらいを一言でいうと「消費行動の脳メカニズムを解明すると同時に、それをどうやってセールスに反映させるのか」ということです。

 これと密接につながったもうひとつのホットなトレンドとして、ニューロエコノミクス(神経経済学)というアプローチもあります。これは脳科学を販売戦略や製品開発に活かすニューロ・マーケティング手法のさらに前提として、意志決定の際の脳の信号を計測することで、経済学の伝統的な諸理論を証明したり、逆に反証したりしようという発想です。

 実は人間の消費行動は複雑すぎて、脳研究や心理学の側からでは、手も足もでないと思われていました。商品を選ぶということはものすごくややこしいことで、研究室内の単純で擬似的なシミュレーション状況で実験しても、きっと解明できないだろうと思われていたんですね。そのため我々の間では、長らくもっと単純な知覚や記憶のメカニズムの研究が中心でした。

 それにぼくの同僚のコリン・キャメラー教授は、経済学の分野から挑戦しようとしているわけです。この研究で彼はいずれ経済学のノーベル賞をとると言われてます。
 ただ、話を元に戻してニューロ・マーケティングの現状では、ブランドイメージの計測ぐらいには成功しているけど、購買行動との因果関係の証明にまでは結びついていません(※3)。ただ、消費者がビールや車、政治家を評価している瞬間に脳の中で何が起こっているかを観察しているという状況ですね。それも、あくまでも実験装置の中での擬似的な売買、またはごく少額のギャンブルにすぎない訳です。

<対談>東浩紀×下條信輔 潜在認知さえもコントロール可能になる(第1回)

東:具体的にはどういう手法で観察するんですか。

下條:脳内の活動は、機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)を使って測定します。fMRIは神経の働きに直接的な影響を与えることなしに脳の活動状態を調べることができます。思考が発生するときに活発化する脳細胞群をニューロンといいますが、この神経活動を間接的に画像化できるんですね。

 fMRIのもっとも一般的な方法は血液中の酸素量に基づいて脳の活動部位を調べるBOLD(Blood Oxygen Level Dependent)法です。神経の働きが活発な場所は、そうでないところよりも血流量や酸素濃度が多くなるので、この方法を使えば、なにに対して脳がポジティブに活性化しているか、それともネガティブに抑制されているかを観測できます。

 そのようにして研究を進めていき、モノを買うときなどの「好き・嫌い」の判断を、脳のどの部分で判断しているのかがわかれば、消費者が広告に抱くイメージ、反応を科学的に解明することが可能になるのです。

東:うーん、すごい。

下條:さらに実験の内容を簡単に説明すると、たとえば商品の選択とかギャンブルとかインターネットオークションとか、なんらかの消費行動をfMRIスキャナーの中でさせて、そのときに被験者が次にどの商品を選ぶかという予測を脳の活動からしてしまうということです。これはすでに一部実現しています。さらに進めば、脳をスキャンすることで、人の心が商品にどう反応するかを本人よりも先に、的確に見極められるようになるかもしれません。

 また、人間の消費行動や選択行動には「好き・嫌い」以前に、無意識で判断してしまう部分があります。そしてその無意識をコントロールするには微弱な信号のほうがむしろ有効と考えられています。

 たとえば記憶には自発的に思い出すことができる顕在記憶と、普段気がついてなかったけど、ただなんとなくとか、無意識での思考や行動に強い影響を与える潜在記憶があります。そして最近は消費者の行動をもっとも左右する記憶は、むしろこの無意識の潜在記憶のほうにあるということがわかってきた。つまり、ニューラル・マーケティングではその無意識下の記憶をどう活性化させるのかというテーマが非常に重要になってきました。たとえばいわゆる単純呈示効果(または単純接触効果)といって、ある対象を視覚でも聴覚でも繰り返し体験するだけで好きになってしまうという効果が知られています。これはコマーシャルとか選挙の宣伝とかで経験的に立証されていることですけど、そのときに意識下のほうが効果が大きくなる場面があるという研究もあります。

東:たいへん興味深い話です。最先端の脳科学が露骨な金儲けとダイレクトに結びつくところは、さすがにアメリカだという感じがします。良きにつけ悪しきにつけ、日本でもヨーロッパでも進みそうにない研究です。

 それにしても、もしそうやって無意識での消費行動をコントロールできるとしたら、消費行動の管理だけでなく世論や投票行動の誘導も可能になると思うんですが、いかがですか。

下條:考えられますね。

 その点に関して言うと、もうひとつプライミング(思考の呼び水)効果というキーワードがあります。たとえば東という言葉を無意識でも意識してでも1回聞かせたりしておくと、それはアズマであってニシではないことを識別するというときの処理が早くなるんです。

 たとえば何か他の課題をさせている最中にさりげなく「doctor」(医者)という言葉を見せます。その次にいろいろな単語と偽単語、つまりいかにもありそうだが実在しない英単語もどきをランダムな順序で見せて、本物の英単語か否かを判断させる。すると医者という単語をあらかじめ聞かせた場合のほうが聞かせなかった場合よりも「nurse」(看護士)という単語に対する判断時間が速くなるのです。これは「doctor」(医者)という言葉が呼び水になっているからです。無意識のうちに相手の脳の中で、医者という言葉と意味的に連関した単語のネットワークを活性化させているんですね。

 しかし、この結果自体は'60年代にすでに学界内部では確立していましたが、それがマーケティングやコマーシャルに利用できるかどうかという研究は最近になってやっと登場してきた。40〜50年くらいの間ラボでさまざまな条件下でのデータがどんどん蓄積されていって、どういうときが強くてどういうときが弱くて、被験者の側の意識がどう変わっているのか、研究室の外側、実際の市場での消費者行動にも当てはまるのかなどという点が明確になり、それでようやく実際に一般のマーケティングに応用されていくということになってきたのでしょう。

 だからいま、昔なら研究室に留まっていたはずの優秀な研究者がマーケティングの世界にどんどん入ってくるということが起きています。しかもfMRIのおかげで人間の健常な大人の脳に手を出せるようになった。以前は麻酔をかけたサルとか猫とかにしか使えなかったのに、いまは健常な人間が判断しているときの脳の働きを、脳を壊すことなしにオンラインの状況で知ることができるようになったから、実験成果が実際にマーケティングに使われる可能性とスピードが高まったと言えると思います。

 2003年にぼくたちは「ネイチャー」(※4)に眼球の自然の動きからその人がやがて意識的にどっちを好きになるかを予測できるという論文を出しました。それが2006年になったら早くも、任意のテレビコマーシャルの魅力度を、目の動きの計測だけから評価できると主張するニューロ・マーケティングの会社が米国内に登場した。ぼくらの論文を引用しているわけですが、それがわずか3年ほどの遅れで実現した。しかしこれからは論文から一般に使われるまでの時間遅れがもっと短くなるだろうし、もしかしたら逆転するかもしれない。

(第2回に続く)

■用語解説

※1:グリッド・コンピューティング
ネットワークを介して複数のコンピュータを結ぶことで仮想的に高性能コンピュータをつくり、利用者はそこから必要なだけ処理能力や記憶容量を取り出して使うシステム。「グリッド」の名称の由来は「電力網」(power grid)で、プラグをコンセントに差し込むだけで電力網から送電される電力を簡単に使えるように、グリッドの利用者はそれに対応した端末に自分の望む処理を投入するだけでネットワーク上の計算資源を必要なときに必要なだけ「電気のように」簡単に利用できるようにすることを目指して命名された。

※2:ビッグ・ブラザー
ジョージ・オーウェルのSF小説『1984』に登場する支配者の名前。『1984』は全体主義国家によって分割統治され、思想警察の監視によって、市民の衣食住のみならず心・感情までに及ぶ徹底した管理社会近未来世界の恐怖を描いている。そこから転じて「国、世界レベルでの大規模な監視を行う人物、機関」を指すようになった。

※3:ブランドイメージの計測には成功しているけど……
被験者に化学成分の似たような商品であるペプシコーラとコカ・コーラをブランドを隠した場合と、ブランドを示して飲ませた場合を比較し、脳活動に違いが出るかどうかをfMRIを初めとした脳の非侵襲活動計測技術を使って調べる。するとブランド情報を示したときは、特にコカ・コーラの場合は前頭前野背外側、海馬、中脳などに働きが見られた一方でペプシの場合はブランド情報を示しても特に活動部位には差が見られなかった。つまりコカ・コーラのほうが脳や味覚の嗜好に対して何らかの影響を与えていると考えられ、コカ・コーラのほうがブランド戦略として成功しているとみなされる。

※4:「ネイチャー」
世界で最も権威のある総合学術雑誌のひとつ。1869年にイギリスで創刊された。

 

■取材
2007年4月16日 uraku青山

■取材協力
NTTコミュニケーション科学基礎研究所 http://www.kecl.ntt.co.jp/rps/index-j.html
NTT出版株式会社 http://www.nttpub.co.jp/
(対談の詳細はNTT出版より書籍予定)

■参考
環境知能シンポジウム2006 http://www.kecl.ntt.co.jp/KCS2006/

 

東浩紀(あずま・ひろき)

1971年生まれ。表象文化論、情報社会論などを専門とする批評家。著書に『ゲーム的リアリズム 動物化するポストモダン2』『文学環境論集 東浩紀コレクションL』など。現在は桜坂洋氏との共同作品『ギートステイト』を公開している。ギートステイト http://blog.moura.jp/geetstate/

下條信輔(しもじょう・しんすけ)

1986年、東京大学文学部心理学科博士課程終了後、東京大学助教授などを歴任。現カリフォルニア工科大学教授、ERATO「潜在脳機能」研究総括。『まなざしの誕生』『視覚の冒険』『サブリミナル・マインド』『「意識」とは何だろうか』など、著書多数。

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[登場人物]
海神れい
海神れい
海神結
海神結
小野寺笑男
小野寺笑男
山出さくら
山出さくら
小野寺明
小野寺明
君島フランツィスカ史帆
君島フランツィスカ史帆   

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