■エリック・スリニヴァサン、『ギート化する社会2』、ベルテルスマン講談社新社
■2043年5月収録、より抜粋
……新著の『ギート化する社会2』では、ベストセラーとなった前著に引き続き、ゲームプレイ・ワーキングの誕生は革命的であると述べつつも、同時にそれは人間の尊厳を損なうものだとも指摘しています。
前著から10年のあいだに、ゲームプレイ・ワーキングの市場規模は50倍になり、ギートのライフスタイルはいまや各国でさまざまな軋轢を引き起こしています。中国では、前著の出版後にゲームプレイ・ワーキングへのアクセスが禁じられ、現在でも十分には開放されていません。昨年のジョグジャカルタ・南アジアサミットでは、ゲームプレイ・ワーキングのグローバルな展開は、国・地域による購買力の格差を利用した新しいタイプの植民地経営であるとの強い声明も出されました。
そのような状況のなか、ゲームプレイ・ワーキングの将来にあるていど悲観的になってきたということでしょうか。
——そうではありません。10年前と同じく、私はいまでもゲームプレイ・ワーキングに肯定的です。私たちは、ゲームプレイ・ワーキングのおかげで、かつてなく効率的で、かつてなく安楽で、しかも匿名的な労働環境を手に入れつつある。それは単純にいいことです。
しかし、他方で、その労働のありかたが伝統的な人間観にそぐわず、また富の偏在を加速していることも事実です。ゲームプレイ・ワーキングの本質は、分業の徹底化です。そこでは、ゲームとして加工された仕事が、最終的にどのような商品や現実と対応しているのか、労働者にはまったく知らされません。仕事の発注者と受注者のあいだは、暗号によって絶対的に隔てられています。労働者は、自分の労働力が何に使われ、またその産物によって発注者がどれほどの利益を上げているのか、まったく知ることができない。労働者と労働者が産みだした商品の乖離、かつてマルクス主義者が「疎外」と呼んだ現象が、ゲームプレイ・ワーキングでは徹底して推し進められています。
ご存知のとおり、2030年代には、この点の解釈をめぐり、フランクフルト学派第6世代の社会学者と、ブエノスアイレスにあるグーグル社会資源研究所のあいだで有名な論争がありました。フランクフルト学派は、参加者に焦点を当て、ゲームプレイ・ワーキングは人間から創造の喜びを奪い、尊厳を脅かすから悪だと言い、グーグル研究所は、業務提供者に焦点を当て、それはむしろ人間のクリエイティビティを拡張し、尊厳を高めるシステムだと主張します。
私自身も論争に参加しましたが、私はそのどちらの側にもつきませんでした。というのも、私は、ゲームプレイ・ワーキングの台頭は、むしろ、その対立そのものを超えていることが重要だと考えるからです。たとえば、ゲームプレイ・ワーキングの従事者は、「ワーカー(労働者)」と呼ばれることもあれば「ユーザー」と呼ばれることもあります。この二つの言葉が同じ意味で使われることそのものが、実はとても興味深いことです。ゲームプレイ・ワーキングの従事者は、ゲームプレイを労働だと考えているのか、それとも娯楽だと考えているのか。むろん答えはどちらでもある。ゲームプレイ・ワーキングは、労働と娯楽、労働と消費、労働と暇つぶしの境界を超えている。したがって、それは労働力の巧みな搾取なのか、それとも新しい娯楽や表現手段なのか、と問うても意味がないのです。
そしてこれは、そもそも「人間の尊厳」はなにか、といった大きな問題に繋がっています。多少大胆に言えば、ゲームプレイ・ワーキングの成功という現実は、私たちの大部分が、多くの社会思想家の想定と異なり、あるていどの衣食住さえ保証されていれば、「疎外」や「搾取」などまったく気にしていないことを意味しています。だからといって、搾取がいいということにはならないでしょう。でも私は、今後は、もし人間の尊厳を考えるのであれば、まずその現実を受け入れて議論するべきだと思います。それが新著のテーマです。


イガラシ・タカオ著
若い者はいい。ハナ先生の執務室に入っていく史帆の後ろ姿を見ながら、そう思った。
芝川の橋を越えると、そこはもう研究施設の敷地内だった。
薄暗い8畳間で、8面のディスプレイがぼうっと光を放っていた。
ハシモト・ヒロカと名乗る村人と別れ、枯れた草とコンテナが形成する迷宮を進んだ。しかしあの女、一村人のくせにフルネームがあるとは生意気だ。もしかしたら、重要なキャラクターなのかもしれない。おぼえておこう。そう思った。
切り株の上に、血液をレモン水でどこまでも薄めたようなキーマンティーと、焼いたゲソの切れっ端が置いてあった。
ハナ先生の執務室は、ソウルケアハウスかわぐち内の一等地にあった。いちばん長い時間、自然の光が射し込んでくるよう設計されている場所だ。やわらかな光に包まれ、先生はいつも年寄りの話を聞いている。こっちは、お茶を替えたりテーブルを拭いたり、本当だったらロボットがやってるはずなのにまだ実現していない雑用全般をこなしている。まあ、バイトだし。
エレベータに乗り宇宙へ! それはまさに夢物語です。2020年代に最後の観光シャトルが飛び立って四半世紀、高コストと高環境負荷のため中止されていた宇宙旅行が、まったく新しいテクノロジーのもとで甦りました。
「ふん。運のいい男だ」





