スペインかぜのパンデミックは1918~1920年、今から90年近く前の出来事です。スペインかぜのパンデミック当時、インフルエンザの原因となるウイルスさえ、人類はまだ発見していませんでした。当然、インフルエンザウイルスに対するワクチンはなく、治療薬となるタミフルなども存在しない時代だったのです。
当時に比べれば、確かに科学技術も医療も、特に先進諸国では大きく進歩しています。だからといってスペインかぜほどの被害は起こらないだろうと考えるのは大きな間違いです。逆に、スペインかぜのときよりも、被害が大きくなる可能性が高いだろうというのが多くの専門家たちの意見なのです。
その根拠は、スペインかぜ当時と現在の状況を比較してみればわかります。第一に挙げられるのは、世界人口の違いです。スペインかぜの当時、世界人口は約18億人でした。しかし、現在はすでに63億人を突破しています。世界人口は3倍以上に膨れ上がっているのです。
ヒト型になった新型インフルエンザウイルスにとって、寄生するのに都合のよい宿主となる人間の数が3倍にも増えている状態です。それだけでなく、人口密度もそれだけ高くなっているのです。飛沫感染や空気感染で伝播するウイルスにとって、人から人へ感染するには、人と人の距離が近ければ近いほど都合がいいわけです。つまり、現代社会では、スペインかぜのパンデミック当時よりも、はるかに新型インフルエンザウイルスの感染が拡がりやすい環境になっているのです。
次に挙げられるのが、遠距離を高速で大量輸送するようになった交通機関の発達です。スペインかぜのパンデミック当時の主力となる交通機関といえば、蒸気船や汽車でした。しかし、現代社会では陸を新幹線が走り、高速道路には自動車や高速バスが走ります。さらに、航空機はプロペラ機ではなく、ジャンボジェット機が世界中を飛び回っています。こういった高速大量輸送システムが発達した現代社会では、人の動きはスピード・量ともに飛躍的に増加しているのです。
それはつまり、ウイルスの宿主となる人間が、遠距離を高速で移動するということです。スペインかぜ当時とは比べものにならない速さで、ウイルスが伝播することが可能になっているのです。
実際、2003年に出現したSARS(重症急性呼吸器症候群)は、中国南部から航空機で香港に渡ったたった一人の感染者から、同じホテルの宿泊客に伝播し、そこで感染した人がさらに航空機で移動するうちに、ほんの数日間でベトナム、シンガポール、カナダなど世界中に広がって次々と感染者を増やしていったことが実証しています。
ここで忘れてならないのは、SARSは飛沫感染で伝播するけれど、インフルエンザウイルスは、それに加えて、さらに強力な空気感染という伝播力をも持っているということです。新型インフルエンザは、確実にSARSよりも速いスピードで、より広い範囲でより多くの人に感染を拡大していくのです。
スペインかぜは、アメリカ東部を発生源として世界中に広がるのに7~11ヵ月かかりました。しかし、高速大量輸送システムの発達した現代社会で、新型インフルエンザが発生すれば、たった4~7日間で世界中に広がってしまい、1ヵ月以内に世界同時に多数の患者が発生するだろうと専門家たちは見ています。これがパンデミックの第1波です。さらにインフルエンザウイルスの伝播に好都合な日本では冬期を中心に再び第2波、第3波が襲ってくることになるのです(ただし、他の季節での襲来もありえます)。
そうなった場合、いくら医療が発達しているとはいえ、何の準備もないままでパンデミックとなってしまえば、どこの医療機関も飽和状態になるのは確実です。また、医者や看護婦など、医療に従事する人々が、早い段階で患者からウイルスをうつされ、倒れてしまうことも多いでしょう。当然、充分な治療が受けられるはずもありません。
こういった現状から、国連では、最悪のシナリオにおける死亡者数は世界中で1億5000万人に及ぶだろうと試算しています。さらに、アメリカのミネソタ大学の感染症疫学専門家であるオスターホルム教授は、世界中で死亡者数は1億8000万~3億6000万人になるだろうと推定しているのです。















